ぽっちゃりは性格で勝負って本当?職場で「なんともいえない愛嬌がある」と言われた私が、紹介で4歳上の彼と出会うまで

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こんにちは、このサイトの案内役のもちこです。(もちこってだれ?)

「ぽっちゃりでもモテる方法」を検索すると、だいたい答えは同じ。
「性格が魅力的なら、体型は関係ない」「いつも笑顔で、太陽みたいに明るく」。

性格が大事、っていうのは本当だと思う。体型だけで人を好きになるわけじゃないもんね。

でもね、読んでいるうちに、ちょっと苦しくならない?
「体型はマイナスなんだから、そのぶん性格でがんばって取り返しなさい」って言われてる気がして。
落ち込んでる日も、ニコニコしてなきゃいけないの? って。

それに、どの記事も「明るくしよう」で終わっていて、その性格が、どこで、どうやって相手に伝わったのかは書いてないんだよね。

今日紹介するのは、Mオフィスに寄せられた体験談です。
ジーンズ選びで「痩せた方がいいの?」と迷った23歳の事務員さんが、職場の先生の紹介で、4歳上の彼と出会うまでのお話です。

体験談:「なんともいえない愛嬌がある」と言われた私(Mオフィス)

※Mオフィスに寄せられた体験談(当時の話)です。

「これって、痩せた方がいいってことなの?」

けっしてぶよぶよしている太り方?ではない。堅太りというのだろうか。ちゃんと腰の区別もつく。メリハリはあると思っている。

ジーンズを履きたくて、選んでいるとき、腰でジーンズを選ぶと、全体が太く見えて似合わないと判断して断念した。

スカートばかりで、たまにはジーンズやパンツをはいてみたいと思ったのである。「これって、痩せた方がいいってことなの?」ふとそう思ったのも事実であった。

当時私は、23歳で、税理士事務所の事務員として、働いていた。いずれは、税理士資格を取得したいと勉強しつつ働く毎日だった。

「○○さん、これ郵便局で書留処理で発送して下さい。」歩いて行ける郵便局や銀行などに向かうなど、日々歩く事は欠かさなかった。

過食もしないし、不規則な生活はしていない、至って健全な生活をしていた。

「仲間でいい人が居るの」

ある日の事、女先生(事務所には男女二人の先生がいた)が「○○さんは誰かお付き合いしている人がいるの?」お茶を飲みながら聞いて来た。

「いいえ、特定の人は今はいません。それが何か?」

「そう、仲間でいい人が居るの。いつか事務所に来た時に○○さんを見て、どんな人なのかそれとなく聞かれたのよ。」

なんと、私を見初めた人がいるというのだ。

誰なのか分らなかったが話を聞いているうちに「あっ あの人の事だ。」とわかった。その人は背が高くてハンサムな人で、確か私より4歳上の27歳だと知った。資格も取得して、仕事熱心で頑張っている人である。

「そう、よかったわ。会食する形で会って貰おうと思うの。決まったら知らせますからね。」先生も私の顔色で判断した様である。

「見栄をはる必要を感じない人だった」

後日会食の席が持たれ、先生お二人と四人で話は仕事以外の趣味や美味しいお店の情報など楽しい席であった。感じの良い人柄を少しだが知り得た様な気がする。

私も飾らず気取らずにそのままで対応できた。見栄をはる必要を感じない人だった。

「○○さん、先日はありがとう。思った通りの人で連絡先を知りたいと言われたけど、事務所に電話して直接聞いたら?と答えておいたけど。後は、○○さん達にバトンを渡すわね。」先生のテキパキとした言葉に頭を下げた。

後日事務所に電話があり、連絡方法の交換をしたのはいうまでもない。

「○○さんは、人当たりが良いし、なんともいえない愛嬌がある。仕事も熱心だし、勉強もしっかりしているようだしね。」先生が私を評価してくれたことが何より嬉しかった。そして、人を見る目の先輩である先生が紹介してくれた彼ならば間違いないだろうと思った。

むっちり体型で決して美人とは言えない器量の私だが、明るく好感がもたれる性格と愛嬌で、ステキな相手と出会うことが出来たのである。

太っているから、ぽっちゃりだからとか、むっちり体型だからと、性格まで太ったり、消極的になったらいけないのです。女は愛嬌とかいいますよね。明るく体型にコンプレックスを持たずに生きていきたいと実感しています。

もちこ
もちこ

「事務所に来た時に見て」って、いつもの仕事中の姿を見てたってことだよね。きゅんとしちゃった。
「見栄をはる必要を感じない人だった」の一文、すごく好き。
ジーンズの前で「痩せた方がいいの?」って迷った話から始まるのも、なんだかリアルでほっとしたよ。

監修解説:愛嬌は「がんばって出すもの」じゃなかった

もちこ
もちこ

ダイキ先生、やっぱりぽっちゃりは「性格で勝負」ってことなのかな? 明るくしてなきゃ、選んでもらえないの?

ダイキ先生
ダイキ先生

この体験談をよく読むと、「明るくふるまおうとがんばった」とは、どこにも書かれていないんです。書かれているのは、「飾らず気取らず」「見栄をはる必要を感じない」。そこから見ていきましょう。

「似合わない服がある」と「痩せたほうがいい」は、別の話

体験談は、ジーンズ選びの場面から始まります。
腰に合わせると全体が太く見えて、「これって、痩せた方がいいってことなの?」と、ふと思った。

服が体に合わないとき、人は「服のほうが合っていない」より先に、「私の体がいけないのかな」と考えやすいと言われます。
服の形やサイズの問題が、いつのまにか「私の体」の問題にすり替わってしまうんですね。

一瞬そう迷うのは、とても自然なことです。
ただ、この迷いにどう答えるかは、人それぞれです。体のことを最後に決めるのは、本人です。
この体験談では、その迷いのあと、話は「痩せる」ほうには進まず、いつもの毎日の話に移っていきます。

「見栄をはる必要を感じない」から、愛嬌が出てくる

「愛想」と「愛嬌」は似ていますが、愛想は相手に合わせて意識してつくるもの、愛嬌は自然ににじみ出るもの、と言われます。

会食の席で、寄稿者さんは「飾らず気取らずにそのままで対応できた」と書いています。
相手が、見栄をはらなくていいと感じられる人だったからです。

人は、評価されている、値踏みされていると感じると、体がこわばって、ふだんの自分が出にくくなります。
反対に、「この人の前なら、このままでいい」と思えると、緊張がゆるんで、その人らしい表情や話し方が出てきやすくなると考えられます。

先生が言った「なんともいえない愛嬌」は、そうして力が抜けたときに出てくるものだったのかもしれません。
つまり、愛嬌はがんばって身につけるものというより、安心できる場所で出てくるものなんです。

紹介という出会い方が、見せてくれたもの

この出会いのきっかけは、彼が「事務所に来た時に」寄稿者さんを見たことでした。
写真やプロフィールではなく、書留を出しに行ったり、勉強しながら働いたりしている、いつもの姿です。

そして、先生があげた評価は「人当たりが良い」「愛嬌がある」「仕事も熱心」「勉強もしっかり」。
体型のことは、ひとつも入っていません。

彼が何に惹かれたのかは、彼自身の言葉では書かれていないので、はっきりとは分かりません。
ただ、紹介という出会い方は、ふだんのその人を知っている人が間に入るぶん、見た目より先に「どんな人か」が相手に伝わりやすいと言われます。
「性格が大事」というのは、性格をアピールすることではなく、ふだんの自分が見えるところで出会うことなのかもしれませんね。

「性格まで太ったらいけない」を、自分を責める言葉にしない

寄稿者さんは最後に、「性格まで太ったり、消極的になったらいけない」「女は愛嬌」と書いています。
これは、この出会いを通して寄稿者さんが実感した、寄稿者さん自身の言葉として受け取りたいと思います。

ただ、これを「ぽっちゃりなんだから、いつも明るくしていなきゃいけない」という決まりにしてしまうと、苦しくなります。
落ち込む日も、消極的になる日も、誰にでもあります。それは体型のせいではありません。
無理に明るくしようとするほど、それは「愛嬌」ではなく、がんばってつくる「愛想」に近づいていきます。

「コンプレックスを持たずに生きていきたい」という最後の一文も、「持ってはいけない」ではなく、「そう生きていけたらいいな」という願いとして読むと、少しやさしく響く気がします。

「性格で勝負」と言われてしんどくなったら

  • 「明るくしなきゃ」より先に、「この人の前で、私は力を抜けているかな?」と考えてみる
  • 服が合わないときは、「体のせい」と決める前に、形やサイズを変えてみる
  • 出会いの場は、アプリやパーティーだけではありません。職場や友人など、ふだんのあなたを知っている人の紹介も、一つの選択肢です
  • 体のことを最後に決めるのは、あなた自身。「痩せたほうがいいの?」の答えは、誰かの評価ではなく、自分で選んでいいんです

愛嬌は、体型の埋め合わせではありません。
「このままでいい」と思える場所で、自然に出てくる、あなたらしさです。

監修:ダイキ先生(上級心理カウンセラー)/プロフィール

もちこからの一言

「性格で勝負」って聞くと、がんばらなきゃって思っちゃうけど、
今日のお話の主人公は、がんばって明るくしたんじゃなくて、「見栄をはらなくていい人」の前で、そのままでいただけなんだよね。
あなたの愛嬌も、きっと、力が抜けたときにちゃんと出てるよ。

Mオフィスの寄稿者さん、いつもの毎日から始まるすてきな出会いのお話を聞かせてくれて、ありがとうございました。

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